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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)884号 判決

原告 高野宇三郎

被告 東住吉税務署長

訴訟代理人 伴喬之輔 外四名

主文

本件取消を求める再更正決定のうち、総所得金額金七五万一、一〇〇円以下に対する部分の訴を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

被告が原告に対し昭和四三年七月二〇日付をもつてした昭和四二年分所得税の再更正決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする、

との判決を求める、

(被告)

請求棄却

訴訟費用は原告負担

との判決を求める。

第二、主張

(原告)

一、請求原因

(一) 原告は、昭和四二年分所得税の総所得金額は別紙(一)のとおり金七五万一、一〇〇円であつたのでその旨の確定申告をしたところ、同別表記載のとおり更正決定がなされた。そこで異議の申立をなし、右異議申立は棄却されたので昭和四三年七月三〇日審査請求をしたところ同年一〇月二五日付の裁決で棄却された。而して、右昭和四二年分の所得税については昭和四三年七月二〇日付をもつて総所得金額を金一六四万五、五〇〇円とする再更正処分がなされており、この処分にはつぎに述べるような違法があるので、これが取消を求める。

(二) 違法事由

原告には妻高野菊江がいるが、原告の所得は即原告夫婦二人の所得であつて、夫たる原告だけのものでもなければ、妻菊江だけのものでもない。このような性質の夫婦の所得を各自が独立の社会人として、また国民としてそれぞれの所得分をきめるとなれば二人が相談して協議決定すべきものである。それが最も適切であり常識である。同時にそれは憲法第二四条第一項の精神でもある。この点に関する原告の主張の詳細は別紙(四)の「理由」の項及び同(五)の記載のとおりである。

そこで、原告は妻菊江と協議の上、別紙(一)の「確定申告」のとおり夫婦の所得をそれぞれ別個に計算して原告の総所得金額は金七五万一、一〇〇円である旨の確定申告したが、被告は本件再更正決定においてもこの理を認めず、夫婦の所得を夫たる原告一人の所得としてその総所得金額は金一六四万五、五〇〇円であると決定した。

このように、本件再更正決定には、夫婦の所得を夫たる原告一人の所得として過大に認定したところに違法がある。

(被告)

二、答弁

(一)  原告は昭和四二年分所得税につき、昭和四三年三月四日別紙(二)の(A)欄のとおり確定申告をなし、これについて被告は同年六月二〇日同別紙(B)欄のとおり更正決定をした。これに対し原告は同年六月二五日異議の申立をなし、被告は同年七月一日異議申立を棄却する旨の決定をした。これに対し原告は同月三〇日審査請求をなし、大阪国税局長は同年一〇月二五日審査請求を棄却する旨の決定をした。

他方、被告は原告の右昭和四二年分所得税につき昭和四三年七月二〇日別紙(二)の(C)欄のとおり再更正決定並に過少申告加算税の賦課決定をした。なお、この決定中の給与所得、事業所得、源泉所得税額の内容の明細は別紙(三)のとおりである。この再更正決定及び賦課決定はその頃原告に通知され、これに対しては異議申立、審査請求の不服申立手続はなされなかつた。

原告の昭和四二年分の所得金額及び税額は右のとおりであるから、本件再更正決定に違法の瑕疵はない。

(二)  原告は、憲法第二四条第一項を理由に本件再更正決定が違法であると主張するが、その理由は当らない。(最高裁昭和四二年九月二八日判決・同昭和三六年九月六日判決参照)

第三、証拠関係〈省略〉

理由

第一、本件訴の適否について

本件訴訟は昭和四三年一二月五日に提起されている。原告は、この訴訟において、当初、昭和四二年分所得税について昭和四三年六月二〇日(訴状請求の趣旨に「二月二〇日」とあるのは、「六月二〇日」の誤記と認める。)にされた更正決定の取消を求めており、その後昭和四四年六月一七日の第三回口頭弁論期日において、これを昭和四三年七月二〇日になされた再更正決定の取消を求める訴に交替的に変更した。

右再更正決定取消の訴を提起するについて、原告が不服申立手続を経由していないこと、右再更正決定がその頃(昭和四三年七月二〇日頃)原告に通知されていることは原告において明らかに争われないところである。さすれば、昭和四四年六月一七日になつて交替的に始めて提起されるに至つた本件再更正決定取消の訴は、不服申立前置の要件(行政事件訴訟法第八条第一項但書)を欠き、出訴期間(同法第一四条第一項)経過後に提起された不適法なものではないかとの疑問が存する。

然しながら、本件においては、さらに不服申立の手続を経ることを要せず、且つ、出訴期間遵守の点に欠けるところはないと解するのが相当である。その理由はつぎのとおりである。

(一)  不服申立前置の要件について

更正決定と再更正決定とは形式的に見れば日時を異にする別個の処分であるが、更正決定は申立書に記載された課税標準の計算等が税務署長の調査したところと異るときにその数額等が更正される処分であり(国税通則法第二四条)、再更正決定は更正された課税標準等が過大又は過少であるときに税務署長がその数額等を更正する処分であつて(同法第二六条)、両者は同一納税者の同一の国税につき、いずれも課税標準の計算等の全部に亘り、すでに観念的には成立、存在している租税債務を在るべき正当な数額に具体化し、確定するための処分であつて、実質的に見れば同一の一個の対象についてなされる共通の処分というべきものである。(従つて、更正決定のなされた後に更に再更正決定が行われれば、さきの更正決定は再更正決定の処分内容としてこれに吸収されて一体的のものとなり、独立の存在を失うに至るものと解せられる。同旨、最高裁昭和三二年九月一九日判決・民集一一巻九号一六〇八頁参照)

つぎに、更正決定若くは再更正決定(即ち原処分)と異議申立並に審査請求(即ち不服申立の手続)の関係を見ると、異議申立は原処分に不服がある者(国税通則法第七六条)、審査請求は異議申立に対する決定に不服がある者(同法第七九条)が、その違法若くは不当を主張して救済を求めるもので、これに対し審査庁は原処分(若くは決定)の全般に亘つて不服申立の理由があるか否かを審理・判断するのである(行政不服審査法第四〇条、第四七条)。これを本件について言えば、原告は昭和四二年分の総所得金額は金七五万一、一〇〇円であつてその旨の確定申告をしたところ、更正決定で金一六三万二、五〇〇円とされたので右申告額を超える部分の決定は違法であるとして異議の申立をなし、これに対して申立は理由がないとして棄却されたので、更にこれを不服として審査の請求をなしているのであつて、異議申立・審査の請求においてはいずれも昭和四二年分の総所得金額について金七五万一、一〇〇円を超える認定をすることが違法であると主張しており、これに対してその主張の当否が審理判断されているのである。

そして、他方において再更正決定がなされて昭和四二年分の右総所得金額は金一六四万五、五〇〇円とされ、これに対しても原告は前記申告額金七五万一、一〇〇円を超える部分は違法であると主張しているのであるから、さらにこれについて異議申立・審査請求がなされるとしても、そこでは前記更正決定の不服申立手続における場合と同一の事項が審理・判断されるに過ぎないものというべきである。

ところで、国税通則法第八七条第一項本文は不服申立手続の履践を訴提起の要件としているが、これは租税の賦課に関する処分が複雑且つ専門的であると共に大量・回帰的な性質を有するところから、税務行政庁の知識経験を利用して簡易迅速な方法で納税者の救済を図ると同時に税務行政の統一的運用に資する趣旨であると解せられる。

そうすれば、本件では、更正決定取消の訴が提起されたのが昭和四三年一二月五日、再更正決定のなされたのが同年七月二〇日(その頃告知)のことであるから国税通則法第八七条第一項第三号に該当する場合ではないけれども、前記のとおり、すでに更正決定について適法な異議申立・審査請求がなされ、これに対して実体的な審理判断がなされており(不服申立手続の履践が不適法で実体的な審理判断がなされていない場合は別異に考えるべきである。)、この更正決定取消の訴が提起される以前に再更正決定がなされているのであるから、この上更に再更正決定についても不服申立の手続を経なければ訴の提起ができないとすることは、不服申立手続前置の法意に照しても無意味であり、納税者に不当に繁雑な手続を要求する不合理なものであつて、同法第八七条第一項第四号後段の「裁決を経ないことにつき正当な事由」があると解するのが相当である。

(二)  出訴期間について

本件再更正決定がなされたのは昭和四三年七月二〇日(その頃告知)、その取消の訴が交替的に提起されたのは昭和四四年六月一七日であるから、その間に三カ月以上の時日が存することは明らかである。

然しながら、行政事件訴訟法第一四条第一項が出訴期間に制限を加えているのは、行政処分が一般公共の利害に関係するところが尠くないところから、なるべく早く処分の効果を安定させる必要があるという行政上の要請に基づくものである。

ところで、更正決定と再更正決定とは、さきに述べたとおり、同一の一個の対象についてなされる共通の処分というべきものであり、本件においては再更正決定がなされた当時、すでに更正決定に対する不服申立手続が適法なものとして係属しており、実体的判断に基づいて昭和四三年一〇月二五日審査請求棄却の裁決がなされるに至つているのであるから(このような場合、再更正決定がなされたことにより、更正決定に対する不服申立手続は本来その対象を喪失するものと解せられるが、本件においてはそのまま適法のものとして実体的な審理判断がなされた。)、再更正決定について早期安定が要請せられる処分の内容、即ち原告の昭和四二年分所得税の課税標準の数額等は、行政庁部内において未だ審理中であり、これが行政庁の結論的態度として訴提起の関係で早期安定の必要性を獲得するのは昭和四三年一〇月二五日の裁決の告知された時点というべきである。けだし、それまでは処分の効果を安定させると言つてみても、行政庁として決定すべき最終的な処分の内容は未だ変更される可能性を蔵して確定的なものとはいえないからである。

そうだとすれば、本件の場合においては、右出訴期間の意義に照して、三ケ月の出訴期間はこの裁決を知つたときから起算すべきものと解するのが相当である。

他方、本件では再更正決定取消の訴が提起される以前に更正決定取消の訴が提起されている。その日時は昭和四三年一二月五日であるから、これが右一〇月二五日の裁決の日から三ケ月以内であることは明らかである。

ところで、更正決定取消の訴と再更正決定取消の訴は、それらが処分固有の形式的瑕疵を理由として取消を求める場合は格別、実体的違法即ち同一納税者の同一国税の課税標準の数額等の認定の違法を理由として取消を求める場合にはいずれも当該国税に関する賦課処分に存する実体的違法性の全部が訴訟の対象となつているのであり(同旨、最高裁昭和四二年九月一二日第三小法廷判決・昭和三九年(行ツ)第六五号)、訴訟の対象は実質的には同一というべきものであるから、(本件においては、いずれも当該年度における総所得金額を同人の主張する金七五万一、一〇〇円を超えて認定したことが違法であるか否かがその対象とされる。)当初の更正決定取消訴訟が係属中に再更正決定取消の訴が交替的に変更された場合には、当初の訴提起の時に再更正決定取消の訴が提起されたものとして出訴期間遵守の点に欠けるところはないものと解するのが相当である。(最高裁昭和三一年六月五日判決・民集一〇巻六号六五六頁参照)

本訴は適法である。

第二、本案の当否について

原告は、原告の所得は即ち夫婦二人の所得であつて夫たる原告だけのものでもなければ妻菊江だけのものでもない。このような性質の夫婦の所得についてそれぞれの所得分を決めるとすれば、それは夫婦が協議して決定すべきものである。それにも拘らずこれを夫たる原告一人の所得とした本件処分は憲法第二四条第一項に反して違法である、と主張する、

然しながら、憲法第二四条第一項は、男女両性は本質的に平等であるから、夫と妻との間に、夫たり妻たるの故をもつて権利の享有に不平等な扱いをすることを禁じたものであつて、継続的な夫婦関係を全体として観察した上で婚姻関係における夫と妻とが実質上同等の権利を享有することを期待したものと解すべく、個々の具体的な法律関係において常に必ず同一の権利を有すべきものであるというまでの要請を包含しているとは言えないものであり、婚姻中の毎年度の所得課税について、夫婦の一方の所得を夫婦間に分割し、夫婦別々に課税するのでなければ、右憲法の規定に違反するということは言えないのであるから、この点に関する原告の主張は採用し難い。(同旨、最高裁昭和三六年九月六日判決・民集一五巻八号二〇四七頁参照)

そして、本件再更正決定がなされたその余の要件事実について被告が主張するところは原告において明らかに争わないので自白したものと看做すべきである。この事実によれば、本件再更正決定は適法になされたものであること明らかである。

第三、よつて、本件訴のうち、総所得金額金七五万一、一〇〇円以下について取消を求める部分は原告においても確定申告をして数額を自認し、争いがないのであるから訴の利益を欠くものとして却下し、その余の原告の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決した。

(裁判官 井上三郎 藤井俊彦 大谷種臣)

(別紙(一)~(五)省略)

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